七人の敵

男、閾を跨げば七人の敵と数多なる素晴らしきものごとあり。 都会から山河海島まで、外出先での徒然を。

『第8回 産経新聞 平成特選寄席』 市馬・志らく・志ら乃・一之輔・菊六  於 赤坂区民センター 区民ホール / 平成二三年五月二四日

親子酒 / 菊六
持参金 / 志ら乃
粗忽の釘 / 市馬

(仲入り)

夏泥 / 一之輔
青菜 / 志らく


菊六は第一印象から比べると随分と印象が良くなった。
初聴きは平成21年度NHK新人演芸大賞を受賞した直後でノリノリであった。
嬉しかったのだろう。“オレ巧いでしょう”なオーラが出過ぎていてちょっと鼻についたのを憶えている。
ここ最近聴く機会が続いたが、落ち着いたと云うか空気圧が下がって寛いで聴ける感じになった。

対して一之輔は第一印象からそれほど変わらない、不敵な感じがまだ残っている。
こちらは平成22年度NHK新人演芸大賞受賞者である。
菊六と同じようにいずれ押し出しがおさまるのだろうか。
何となく彼はずっとこのままのような気もする。 好きにつけ、悪しきにつけ。

志ら乃は初聴き。 やはり立川流はちょっと異彩を放っている。
好き嫌いが別れるのも分かる気がする。
僕はまだ色々聴いてみたい駆け出しな客なので、
目に留まった噺家は機会があれば積極的に聴くようにしたいと思っている。

志らくと談春は暫く聴き比べて行きたい。 なかなか券の取り辛いお二人だが。
  1. 2011/05/25(水) 12:00:21|
  2. 演芸など
  3. | コメント:0

『落語物語』  於 大森キネカ スクリーン1

rakumono



落語を題材にした映画と云えば 「しゃべれどもしゃべれども」 と 「落語娘」 が思い出される。
いずれも面白かった記憶がある。

本作は林家しん平、監督が噺家である。
それ故、ほかの作品に抜きん出てリアリティがあると評価が高い。

それぞれのエピソードに彼らの本音が織り込まれているのだろう。

しかしそこに 「「しゃべれども」 や 「娘」 のような山はなかったように思う。

それでも幾重かのエピソードを交えながら、確かに ある仕事場の機微が描かれている秀作だと思った。

そんな中でも葵(田畑智子)の存在感は秀逸であった。 それに尽きると思う。

落語好きに向けて作られた映画であろうが、中身は夫婦の物語である。 

サバサバして気風の良い、葵はいい女房であった。 古き好き女であった。 

これは、ある落語好きな男の理想の女を描いた風景の切り取りであったのだろう。

これはしん平監督が思い描いた理想のおかみさんの物語り、そう云うことでいいと思う。
  1. 2011/05/22(日) 20:59:29|
  2. フォト・キネマ・アートとか
  3. | コメント:0

笑い賃

3.11のことは東京人もいろいろとリアリティを持って捉えていることだろう。
災禍は小さかったが、夜中までつづいた徒歩帰宅の人々の列は、
同じ時に事務所で図面を書いていた自分にも窓下に思い出される光景だ。
二月下旬からかなり多忙な時期に入っていたのでTV報道には殆ど触れることがなかった。
刺激的な津波の映像などを見過ぎて体調を崩した人も多かったと聞くが、
その点ラジオは映像の垂れ流しがない分、中味が被災者寄りだったように思う。
多少、情緒に溺れてポエティックになっていたところもあるが概ね好感の持てる姿勢だった。
ほかにネットも含めて、震災と原発問題が何かしらで人々の身近に寄り添ったふた月だった。

多少の災難や不便があって支援に皆が積極的になったことも、経緯はともかく良いことだったのだろう。
自分も中止になった落語会の払い戻し金やマイルなどを拠出して意を表したが、不勉強の反省もあって、
義捐金が配分委員会経由で被災者の手に渡るのにこれほどレスポンスが悪いとは知らなかった。
日赤などに任せておけば大丈夫だと、不精な考えでいたことは反省し教訓としたい。

さて、ではこれからどうしよう。 何かしら継続的に支援はしたい。
直接的なボランティアは考えていない。 一人で仕事をやっていると自由なようでそうでもない。
やはり金銭的な支援が時間や実働を拠出するものの代価だろう。
しかし僕はポンと多額な寄付が出来るほどの余裕はないので、
積み立てて一定額に達したら効果的に支援に使う方法が負担も少なく継続可能だと云う考えに行き着いた。

「笑い賃」。 落語を一回聴きに行ったら500円積み立てる。それを10回、5000円で1クールとする。
寄付先はその時々の判断で決めるが、原則は震災及び津波で孤児となった子供たちへの支援団体とする。

震災後に初めて行った会がブログを始めてからだから、カテゴリ 「演芸など」 がそのままカウントになる。
五月一四日の会が昼・夜の2部だったので2回分と考えると、先日の雲助でちょうど10回となった。
「笑い賃」 1クール到達である。 寄付先は幾つか候補があるので焦らず選定したい。
落語通いはだいたい年 4~50回。 先々のことは分からないが、まずはこんな些細なことを続けて行こうと思う。


(5/19 追記:「笑い賃」 は僕個人の決めごとで、公募による募金活動が存在するものではありません。)
  1. 2011/05/18(水) 17:26:25|
  2. 徒然なるままに
  3. | コメント:0

『 雲助月極十番之内 肆番 』 雲助独演会  於 日本橋公会堂(日本橋劇場) / 平成二三年五月一六日

饅頭こわい / 明楽
千早振る / 雲助

(仲入り)

太神楽×手品 / 味千代・翼
中村仲蔵 / 雲助


先日行きつけの赤提灯で常連さんと落語の話になった。

その方は志ん生が好きで、また最近になって談志の魅力を再認識していると仰った。

彼から出た言葉に落語におけるインプロビゼーションと云うキーワードがあった。

“improvisation”、即興性。 彼はジャズの演奏に準えてその言葉を引用した。

落語においてそれは高座に臨場して閃く自己解釈みたいなものを指しているのかなと思った。
“くすぐり”とはちょっと違うニュアンスに聞こえた。

僕は落語を聴く際にそうした即興性、そしてくすぐりの部分も含めて抑制されている方を好む傾向がある。

残念ながら談志の実演を未だ体験したことがないのでそこには言及出来ないけれど、
例えば喬太郎や白酒の持つそれには魅力を感じるし面白いと思う反面、
古典を聴く時にはどこかで「きちんとやれば面白いように出来ている」ものと云う意識がある。
言い換えれば「きちんとやって面白くないのは噺家が面白くないから」と云う考え方。
そう云うふうに修練され作り上げられた、確固たるところに古典の生粋があるように思っている。

勿論、古典落語も時代に則して言葉やテンポは変化しながら今があるのだろう。
そこにスコアがある訳ではない。
正確なスコアがあるクラシックでさえタクトによって曲の表情は変化するのだから、
落語ともなれば噺家によって如何様にでも変化するのはクラシック以上のことだろう。

ライブの醍醐味はそうしたスコアに対する faithfulness(忠実性)と improvisation の鬩ぎ合いなのかも知れない。

ただ、先日の座談で志らくから語られたことに、
まずはきちんと出来なければ独自性なんてものには何の価値もないし、誰も聴いてはくれない。
と云うものがあった。
落語におけるジャズな部分は、
あるレベルまで達してから後に自然と湧き出て来るものでなければならないのだろう。

落語における即興性と忠実性、見方を変えてジャズな部分とクラシックな部分・・・
そう云う比較の楽しみ方もあるのかなと。
いつ聴いても安定感があり、それらふたつのことについてのバランスが巧妙な雲助を聴いて後、
改めてそんなことを思ったのだった。
  1. 2011/05/17(火) 17:50:16|
  2. 演芸など
  3. | コメント:0

rakugo オルタナティブ vol.1 『落語の中の女』  於 草月ホール / 平成二三年五月一四日

昼の部

まぬけ泥 / らく兵
紙入れ / 池田成志
厩火事 / 志らく

(仲入り)

紺屋高尾 / 志らく
座談 / 昼の部出演者


夜の部

転宅 / 菊六
紙入れ / 池田成志
子別れ / 文左衛門

(仲入り)

橋場の雪 / 三三
座談 / 夜の部出演者


池田成志という役者さんは知らなかった。 落語に挑戦するプロの演者をたまにみる。
座布団一枚、扇子と手拭い。 声色と僅かな所作でひとつの世界を高座に創り出す。
落語は演ずる人々にはいろいろな面で気になる存在なのだろう。

しかし志らくは座談で噺の中の人々を演じ過ぎてはいけない、抑えて抑えて丁度良いと。
その情景を創り出して、ある程度のところから先はお客さんの創造力に任せるものだと。
そこには寄席や会場、その時々にあるリズムで決まるものもあると云うことらしい。
その点において、役者より演じない歌い手の方が落語をやると上手かったりするらしい。

三三も座談で同じようなことを語られた。
やはり落語はライブであり、その場の客のノリや雰囲気で決まって行くことも多々あると。

そのことに於いてやはりいちばん濃密な場所は定席なのだろう。
ホール落語にはない、落語の一番素の部分がそこにはあるのだろう。


落語を聴くようになって高々二年だが、立川流にはどう云うわけか縁が薄い。
家元を一度も実演で聴いたことがないと云うのは如何なものかと思ったりもする。
しかし知人には立川流は一切聴かないと云うお方もいる。
落語を聴くのに自負も負い目も不要だと思うが、
立川流への縁遠さは自分の中で少々気になっていることでもある。
志らくを聴いたのはこれが初めて。 何かと談春と引き合いに出される人だ。
第一印象だけで言えば、談春の方が好みかなと思った志らく初体験であった。 
  1. 2011/05/15(日) 11:23:48|
  2. 演芸など
  3. | コメント:0

MARS MALT GALLERY 1991 18years

昨日で仕事がひと山越えた。 まだ作業は続くが気分的には肩の荷が下りた感じ。
これで夜更けまで仕事の生活からは暫し開放される。

昨晩、夜をゆっくり過ごせる嬉しさもあり飾ってあったウィスキーの中の1本を開封した。

マルスウィスキー駒ヶ根工場のファクトリーショップ限定販売、MALT GALLERY の18年もの。


mmg


ストレートでの味わいは熟成年数にしては荒々しい第一印象。

甘み、酸味、渋味と変化して最後に口の中がカッと熱くなるジンジャーな舌触り。

その味の変化にはスピード感がある。

加水後はそれらが和らぎ香りを楽しむ余裕が出て来た。

それでもふたくち みくちと飲み進めるとやはりちょっと荒い。 良く言えばシンプルでドライ。


モルトギャラリーは2シリーズある。 以前のものが口に合っただけに今回は期待し過ぎたか。

この 200ml ボトルシリーズは 21年と 23年も同時に購入してあるので更なる深みを期待しよう。

既に入手出来ないであろう第1弾の 350ml ボトルシリーズも2本ストックがある。

貧乏性でなかなか封を切れない。 やがて訪れるとっておきの日に開けよう ・・・いつのことやら。


先述のとおり少し時間にゆとりも出来ると思う。 お預けだった遠出もしたいところだ。

多忙な最中に再開したブログ、前以て予定の入っていた落語の記事ばかりだったが、
はやく 「旅や野遊び」 のカテゴリにも記事を up したいものだ。
 
  1. 2011/05/13(金) 10:45:41|
  2. 飲んだり食べたり
  3. | コメント:3

『イリュージョニスト』 -L' ILLUSIONNISTE-  於 シネマート六本木 スクリーン2

ジャック・タチが遺した脚本を基にシルヴァン・ショメが監督。

老手品師と貧しい少女との交流を描く物語。


illu


まず映像が素晴らしい。 不思議な画風で水彩画のような柔らかさが印象的。 それでいて動きがとても滑らか。
人はしなやかに動き、機関車は滑るように走り、車はサスまで細やかに動く。
レトロでノスタルジックな画風と精緻な動きのギャップに違和感すら覚えるほどだ。

ストーリーは'50年代のパリから始まる。 手品師など芸人稼業は斜陽の時代。
パリで食い詰めた老手品師は旅芸人となり、スコットランドの離島で貧しい少女と出会う。
都会では見向きもされなかった古臭い手品に片田舎のパブは沸き、少女は彼を魔法使いと信じる。
島を離れる老手品師を少女が追い、言葉の通じない二人旅の末にエディンバラでの共同生活が始まる。
少女に生き別れた娘をダブらせる老手品師は、魔法を信じる少女に服や靴を買い手品でそれを与え続ける。
時代の流れに取り残された老手品師に余裕などない。 やがて仕事も金も尽き・・・

物語は時が移ろい、少女がやがて大人びて恋をするまでのタイムスパンで描かれている。
少女がいつまでも老手品師の贈り物を魔法の力と信じている話の運びには若干の無理もあろう。
その点も含めて主人公のひとりである少女の描き込みに物足りなさは残る。
無垢と云えばそうだが彼女の思考が見えない、意地悪な言い方をすればキャラが薄っぺらいのだ。
しかしこの物語はおとぎばなしだ。 そこにリアリティは不要だと考えても良いのでは、とも思う。
ひとりの少女の人生の一時期、夢見がちな幸福の日々だけを切り取ったおとぎばなし。

しかしもう一方でこれは老手品師のダンディズムの物語でもある。 むしろ僕にはそちらの印象が強い。
最後の最後まで彼は少女に魔法をかけつづけ、やがて幸せな日々の区切りに決意を以ってある行動に出る。
そこにはダンディズムの粋と悲哀が綯い交ぜとなって、大人の男目線によれば格好良さがあるのだった。
その老手品師の姿に、フーテンの寅次郎を思い起こすのは僕だけだろうか・・・。

演出だとは思うが、少し画面が暗い。 絵がきれいなのでもう少し多めの光量で観たかった。
製作は2010年だが、タチの遺稿が基になっているだけに昔の映画を観ているような気分になる。
新しいものの発見はないが、素敵なものの再発見はある。
粗末なシート、前の観客の頭が画面に割り込むような、鄙びた劇場で観るのが似合いそうな作品であった。
  1. 2011/05/08(日) 14:38:08|
  2. フォト・キネマ・アートとか
  3. | コメント:0

『攻殻機動隊 S.A.C. SOLID STATE SOCIETY 3D』  於 新宿バルト9 スクリーン6

士郎正宗との出会いは (ご本人でなく著作ね) 約25年前の 『アップルシード』 に遡る。
しかし2巻まで読んだ頃に、それまで浴びるほど読んでいたコミック熱が急速に冷めてしまい、
クールジャパンの象徴であるコミック(とゲーム)はジャンルとして我が人生から完全に欠落してしまった。

それ故 『攻殻機動隊』 も原作コミックは読んだことがなく、
最初の映画 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』 を衛星放送か何かで観たのが作品としての初見だった。
そしてその後に 『イノセンス』 を劇場で観て、YouTubeでTVシリーズを最初から 2nd GIG の18話まで観て今に至る。
(YouTubeは違法アップロードものでバンダイビジュアルの申し入れにより全て削除されたようだ)


sss


今回の作品はそのTVシリーズの続編としてTV放送されたものの3Dリメイク版。
そのことを知ったのはこれを書くために調べる過程で、観に行った時点ではそんなことも知らなかった。

'80年代初頭に熱心に観ていた深夜放送ドラマに 『特捜班CI-5』 と云う英国のドラマがあった。
英国内務省特設、架空の特別犯罪捜査班CI-5を描いたもので、士郎正宗もこのドラマに傾倒していたようだ。
『攻殻機動隊』 にはその匂いが濃い。 登場人物の構成や、上司に至っては風貌までその面影を残す。
しかし通ずるものはそうした設定まで。

本作は電脳世界(ネット)を存分に利用して犯罪形態を複雑且つ近未来に起こり得そうなリアリズムで描いていて、
凝った演出としっかりした脚本で作り込まれた結果、大人向けで骨太な内容に仕上がっていた。
粗製乱造な刑事ドラマやハリウッドムービーより余程見応えがあり、
スピーディな展開と伏線を張り巡らした謎解きが進行を飽きさせず、最後までダレることなく観終わった。
サウンドトラックも効果的で、無国籍な感じが独特の世界観を醸し出していた。

基本的に実写ものの3Dは遠慮したい方だが、
アニメーション作品の場合はそのアトラクション性の強さからかあまり抵抗がない。
技術的に画面の暗さが解決され、3Dグラスの掛け心地が向上すればアニメなら3Dでも由と云ったところだ。

客層は作品からしてもっとオタクな感じの人々が多いかと思いきやカップルも多く、
ひと頃に比べてこのジャンルの認知度は随分と向上し、扱われ方が様変わりした感じがしたのも印象に残った。
  1. 2011/05/01(日) 12:52:35|
  2. フォト・キネマ・アートとか
  3. | コメント:2

profile

 良速

Author: 良速
  
 
- りょうそく - と申します。
 
九山八海  花鳥風月
東奔西走  南船北馬
美酒嘉肴  羽化登仙
歌舞歓楽  一竿風月
謹厚慎重  天空海闊

そんな感じでまいります。

.......................

category

旅や野遊び (62)
演芸など (313)
フォト・キネマ・アートとか (157)
道具のたぐい (39)
飲んだり食べたり (4)
徒然なるままに (12)
序 (4)
未分類 (1)

comment

calendar

04 | 2011/05 | 06
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

archive

counter

search form