七人の敵

男、閾を跨げば七人の敵と数多なる素晴らしきものごとあり。 都会から山河海島まで、外出先でのよしなしごとを。

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レ・ミゼラブル - LES MISERABLES - 於 ユナイテッド・シネマとしまえん 3スクリーン

今月中旬観賞。

感動の嵐・号泣・動員記録更新・・・絶賛の声が絶えない中、少し身構えて銀幕に臨んだ。
そしてそれは噂に違わぬ壮大なスケール。
ミュージカルの舞台にはライブの興奮があるのだろうが、
映画になってその映像のスケール感はまた違った意味で迫力を生んでいたと思う。(それでも152分はまだ短い)

ユゴーの名作であり、ストーリーは知らずともそのタイトルは誰もが知るところだ。
実際、自分も内容を殆ど知らない観衆のひとりで、予備知識も入れることなく足を運んだ。
観てみれば古典ゆえに分かり易く素直な展開。
現代劇に求められがちな複雑で破綻を危ぶむような捻りはなく、スゥと気持ちが物語に入り込める。
その時代の大きな流れの中で個々の人間がどう生き、死んで行ったのかに正面から向き合う。そんな作品であった。


LES MISERABLES
(C) Universal Pictures


これは古典なのでネタバレは気にせずに書き進めよう。

伝え聞いたとおり、哀れで切ない物語であった。
兎に角、泣く、泣ける、泣かせると呪文のように聞かされていたから、
如何ほどのものかと身構えていたせいもあるかも知れない。
やはり映画館でビスビス泣くのは避けたい。 そう云う用心。 それも働いていたのだろう。
しかしそれを差し引いても、涙腺が緩むかたちでの感情の昂ぶりはなかったのだ。
結局、自分は最期まで涙することはなかった。

不遇のうちに命を落とす人々。 まずはそこに感情は揺さぶられる。
しかし観る限り、彼等の多くは絶望のうちに逝くことはなかった。
フォンテーヌはジャン・バルジャンがコゼットの後見人になると云う約束に安堵しながら息を引き取ったし、
叶わぬ恋に苦しんだエポニーヌも、その最期は愛するマリウスの腕の中で迎えた。
軍の銃弾に倒れた少年や若者達、彼等も自らの確信の下に誇りを持って死を受け入れていた。
自らの生き様への否定の中で身を投げたジャベールでさえ、
抗いながら死んで行ったわけでなく、自らの選択の中で冥府へ旅立った。
そして逃げに逃げて生き抜いたジャン・バルジャンが最後の最後、コゼットに看取られながら見せた穏やかな表情・・・。

世の中はその殆どが理不尽なものごとで出来ている。
人はそれぞれの立場でそれを受け入れて生きて行くしかない。 それは特別なことではなく。
もちろん辛さの程度は様々だ。 しかしそれを他人と比べたところで道は開けないのだし。
(そう書いて見たところで、自分の送っている平穏な日々が言葉を空疎にしてしまうのだけれど。)

少なくともここで描かれる死に「ああ、無情。」と思いが沸き立つことはなかった。
最後に見えたのは希望の光と穏やかな安らぎの瞬間であったから。

そして観終えて、この劇中に生きた人々やこれを観て感涙にむせぶ観衆に思いを馳せる時、
人は世界を創っているものごとが百あるとしたら、そのうちの九十九が理不尽なことに涙するのではなく、
最後に残っていたひとつを知った時に涙するのだなと、そんなことを考えていた。
 
 
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  1. 2013/01/31(木) 17:25:00|
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