七人の敵

男、閾を跨げば七人の敵と数多なる素晴らしきものごとあり。 都会から山河海島まで、外出先での徒然を。

ゼロ・ダーク・サーティ - ZERO DARK THIRTY - 於 ユナイテッド・シネマ としまえん 3スクリーン

先週土曜に鑑賞。

2001年9月11日から2011年5月2日までの話。
オサマが暗殺されてからまだ二年経っていないのである。
それが既に映画と云うエンターテイメントのかたちで衆目に明かされる。

10年に亘ってオサマは逃げ続け、最後も確証のないまま暗殺計画は躊躇される。
CIAの男達は失敗を恐れて計画を断行出来ない。
百日以上の観察でもオサマの姿は無く、膠着状態が続く。
彼等はオサマがそこ居る確率を六割と言い、自らの失態に繋がる事態を回避しようとしり込み。
そんな中、オサマの存在を100%確信し計画実行を強く推したのは
ビンラディン追跡チームの女性分析官・マヤひとりだった。

彼女を見ているとボーン・シリーズに登場するCIA内部調査局のパメラ・ランディを思い出す。
切れ者の女はいつでも膠着した男社会に風穴を空ける重要な役割を担っているのだ。
しかしそれには一種ヒステリックなものも内在しているようで、
そこに女性特有のパワーを意識せざるを得ないところもあるのだけれど。

キャリアのある女性が元気な日本にあっても、この作品は案外女性受けが良いのではないだろうか。
隣席にカップルが座っていたが、観終わって女性の方が“やっぱり女なのよ”と意気盛んに申しておられた。

物語は終始地味で単調な諜報活動を流し続ける。
厳しい拷問のシーンなども織り交ぜられてはいるが過度な演出はなく、
そこにドラマティックな要素は乏しいものの、その事が却ってリアリティを感じさせる。
強いて言えば十年と云う長い長い調査期間をもう少し実感出来る演出が欲しかったけれど。


ZDT
Jonathan Olley (C) 2012 CTMG. All rights reserved.


その閉塞感の中からのラスト30分 オサマ暗殺実行の一部始終は、
緊迫度をMAXに上げて観る者の身体を硬くする。
映画的な演出臭さは排除され、まるでドキュメンタリーを観ているかのようであった。
それだけ現実のものごとが劇場型に起きていると云うことなのかも知れない。

内容からして先日観た「アルゴ」との比較をしてしまう。
十八年も明かされなかった脱出作戦と、二年も経たずに語られる暗殺計画の違い。
それは9.11によって大きな傷を負った米国が、
早くそれを過去のものとしたい心情が表れている気がするのは見当外れでもないだろう。

(以下、ネタバレほどではありませんが・・・)

ラストシーンは作戦基地から帰国する迎えの輸送機の乗務員からどこへ行きたいと訊かれて、
マヤが無言のまま思慮深げな表情を浮かべるところで暗転する。
彼女の行きたかったところは2001年9月10日だったのではと、ふと思ったのだが。(陳腐かね)
 
 
  1. 2013/02/18(月) 12:55:20|
  2. フォト・キネマ・アートとか
  3. | コメント:1

profile

 良速

Author: 良速
  
 
- りょうそく - と申します。
 
九山八海  花鳥風月
東奔西走  南船北馬
美酒嘉肴  羽化登仙
歌舞歓楽  一竿風月
謹厚慎重  天空海闊

そんな感じでまいります。

.......................

category

旅や野遊び (60)
演芸など (306)
フォト・キネマ・アートとか (152)
道具のたぐい (37)
飲んだり食べたり (4)
徒然なるままに (12)
序 (4)
未分類 (1)

comment

calendar

01 | 2013/02 | 03
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 - -

archive

counter

search form