七人の敵

男、閾を跨げば七人の敵と数多なる素晴らしきものごとあり。 都会から山河海島まで、外出先でのよしなしごとを。

『 通ごのみ 鯉昇ひとり会 』  鯉昇独演会  於 日本橋社会教育会館8階ホール / 平成二四年二月二四日

寿限無 / 鯉○
熊の皮 / 鯉ちゃ
時そば / 鯉昇

(仲入り)

芝浜 / 鯉昇

茅場町の小諸そばでかけ蕎麦を啜ってから会場へ向かう。
やはり もり蕎麦にしておけば良かった。 温かい汁のせいで歩きながら少し汗ばむ。
落語で御馴染みの夜鳴き蕎麦と云えば温蕎麦だ。
器がひとつで済むから路傍で立ち喰いするには必然そうなる。花巻に しっぽく。
つけ蕎麦は笊に蕎麦猪口がいるから立ち喰いでは両手に余るし、
手繰っておいてつゆにつけるだけ口に運ぶ行程が多い。温蕎麦と比すれば まだるっこしい。
ではこの行程の差で食べる速さに差が出るかと云うと、出る。 要する時間には差が出る。
出るのだが早く食べ終わるのは行程の多いつけ蕎麦の方だ。
理由は簡単で熱くないからさっさと手繰って飲み下すことが出来るから。
やはりかけ蕎麦はフゥフゥ云いながら啜るので もりよりも時間がかかる。
手っ取り早く済ませるには もり蕎麦、でも かけで美味い方が蕎麦としては上出来、が持論。

御通家のブログを読んで知ったのだが嘗ては古典の落協、新作の芸協と呼ばれていたそうだ。
革新の芸協と読み替えるなら、鯉昇の噺はある意味で嘗ての芸協の特色を表しているのかも知れない。
師の古典はどこか弄くってあり、スタンダードでないことが間々ある。
今回の 「時そば」 も最初の蕎麦屋はハーフである。 蕎麦嫌いでココナッツが好き。
勘定払いで銭を数えて八つまで来たところで “好物はなんだっけ” と訊いて
九つをココナッツで飛ばすと云うアクロバット。
時を数えないから時そばとは云えない訳だが、
その辺の奔放ぶりが師のちょっと惚けた風貌と相まって妙にシックリ来るのだった。
そして模倣犯を企む二人目が捕まえた不味い蕎麦屋は甘いもの好き。
勘定払いで八つのところで好物を蜜と答えて四つからやり直しと云うサゲ。
師はこうした改変を常としているので、この “古典のようなもの” は結構割り切って楽しめるのである。

昨年10月に聴いた 「芝浜」 を再び。 実のところ、あまり 「芝浜」 は好きな噺ではない。
しかし鯉昇の解釈が入るとちょっと違った噺の側面が見えて来る。
魚勝は大金を拾ったことを夢と言われてもコロリと改心する訳ではない。
仕事には精を出すが、帰って来ると飲みたくなる。
けれど家に戻ると自分が酔って壊した脚の折れた卓袱台が目に入る。、
それを見ては酒の失敗を思い出し次第に酒への思いを断つと云った件がある。 コロリと改心より人間らしい。
三年後に女房が真実を打ち明ける件にしても、どこか師の言い回しにはシニカルなものが混じっている。
師が熱を帯びて演ずれば演ずるほど、芝居がかった女房の陶酔と弁解が垣間見え、
善男善女の風景にどこか空々しさが浮き上がって来るようなのである。
“また夢になるといけねぇ” とサゲても、どこかそれ自体が絵空事であることに釘を刺すのであった。
情感たっぷりな人情物に仕上げず、どこか胡散臭さを残しておく。
その辺が鯉昇版「芝浜」であり、鯉昇イズムなのかなと解釈しているのだが・・・どうなの、鯉昇さん。
 
 
  1. 2012/02/25(土) 23:58:56|
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