七人の敵

男、閾を跨げば七人の敵と数多なる素晴らしきものごとあり。 都会から山河海島まで、外出先での徒然を。

道楽亭若手落語家まつり『 明日に向かって 』⑤ ~奮闘!前座の会~ 於 道楽亭 / 平成二四年三月一二日

悋気の独楽 / 辰じん
十徳 / いっぽん
棒鱈 / 朝呂久

(仲入り)

片棒 / 宮治

この会のことは先月から知っていたのだが、行くと月火水の三連荘になるので自重するつもりだった。
しかし当日になって、今 勢いのある前座さんが集まってのびのび遣る会を聴いておくと、
彼等が将来一廉の噺家に成った時に楽しく思い出されるかと想像したら俄然興味が湧いてしまったのだった。

会場は小さなバー。 初めての店、木戸銭は千円。
数えなかったが30席あったかどうか、店内には小さな椅子が詰めて置かれていた。
開演ギリギリに入ってみるとほぼ満席、最前列の真ん中が空いている。
そこが歯抜けだと遣る方も ちと寂しかろうとそこへ座る・・・高座近すぎ。 お辞儀したら頭がはたける距離だ。
見ると上手側の小さなフラワーバスケットに“祝二周年”とある。 まだ新しい店のようだ。

順番はじゃんけんで決めたと辰じんから。 おぉ、いきなりか。
この会の目当てが彼だったので、こちらが温まっていないうちに出て来られてしまった感じ。
開口一番はいつものことであろうが、若干緊張気味に見え唇も微かに震えている。
客との距離が近すぎて圧迫感を覚えているのか・・・場慣れはしていると思うのだが。
こうした小さな函での落語会・勉強会は結構あるのではと想像するのだがどうなのだろう。
個人的印象では、彼にしては若干だが出来に冴えがなかった。 次回に期待。

いっぽんは更に舞い上がり、まくらがとっ散らかっていた。 目の前で巨体が動き回る圧迫感たるや・・・
噺は元気にやった。 やはり順番はじゃんけんで決めずに いっぽんからの方が良かったように思う。

予定では二席で仲入りだったが続けて朝呂久が登場。いっぽんの噺で休憩に入るのに引け目があったようだ。
そうした気遣いも出来、経験を積んでいるだけあって落ち着いているし安定感もある。 いい感じだ。
この人はもう少し着物の着方をキレイにした方が良いといつも思う。 着くずした感がある。
宮治が終わってからの全員でトークの際に着替えて私服で出て来たが、洋服でもラフな感じだった。
あぁ、この感じが着物でも出てしまっているのだなと、一人合点。
やがて二ツ目、羽織を纏う時は もう少しキリリと着こなして欲しいものだ。

トリは宮治。独り芸協でアウェーだと。 どうも芸協は世評もあってか自虐的だ。
今月下席から二ツ目昇進とのこと。 朝呂久とは入門が十日違いと同期仲間らしい。
まくらの話ぶり、場の温め方から 「片棒」 を十分に遣り切るあたりまで、最早前座を抜け切っている。
この人は出世速度も早いのではと思わせる一席であった。

お開き後にはそのまま店で四人を囲んでの飲み会が開かれたが、そちらは遠慮した。
居残る人が少なそうだったので賑やかしに末席に加えて貰ってもとチラと思ったが、
駆け出しの落語聴きとしては何となく気後れして店を後にした。
場所は二丁目、すれ違いざまオネェ言葉が聞こえてくる界隈から花園神社を抜けてゴールデン街へ。

ポニーは自分と同年代くらいの女性客ふたり。
ビールは遣らずお銚子を貰って囲炉裏の鉄瓶で燗をつける。
やはり燗はきちんとつけた方が酒が柔らかくて美味い。 レンジでチンした酒はどうも角張っていけない。
お銚子と猪口と鉄瓶と。 明々と熾きている炭を見ながらつける燗はそれだけでご馳走である。
肴は人形町・鳥忠の玉子焼きと女将さんのおでん。 先客、女将さんといろいろ話して夜が更ける。
結局他に客は来ず揃ってお勘定を済ませた先客を見送り、〆にほうじ茶を貰って日付が変わった時分に店を出た。
自分を棚に上げて酔客で混んだ電車を嫌い、酔い覚ましに歌舞伎町を抜けて歩いて帰った。
家まで45分程で到着。 道すがらの冴えた夜気が心地好かった。



【付記】

今回は東日本大震災と長野県北部地震 から一年が過ぎて初めての落語会であった。
震災以降、落語へ一回行く毎に500円 “ 笑い賃 ” として貯金し、募金に充てることとした。(2011/05/18掲載)
カテゴリ “ 演芸など ” のカウント +1 が貯金回数だが、
+1 相当を振込手数料に充てたのでカウント数がそのまま貯金額となった。
貯金を始めた頃に考えていたのとは異なる寄付方法を取ったが、
この一年間で桃・柿育英会に参加して既に40回分相当額を寄付することが出来た。
現時点での残りは26回分。 十年継続の桃・柿には年20回落語に行けば寄付額を確保出来る。
それ以上に貯まった分はまた別の寄付先を考えるつもり。 寄付先は震災孤児・遺児支援先に限定して考えている。
今回の震災で両親を亡くした孤児の中で最年少は被災当時4歳だったそうだ。
自分が笑って貯めたお金が子供たちの笑顔の一助とならんことを願って。

我 狂えよ寄席に、 君 咲けよ笑顔。 大人になるまで共に歩こう。
 
 
 
  1. 2012/03/13(火) 17:05:53|
  2. 演芸など
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