七人の敵

男、閾を跨げば七人の敵と数多なる素晴らしきものごとあり。 都会から山河海島まで、外出先での徒然を。

『 夏 』 三三独演会 於 なかのZERO 小ホール / 平成二八年九月一〇日

給食親分 / わん丈
団子坂奇談 / 三三

仲入り

看板のピン / 三三
殿様と海 / 三三


備忘録どころか、既に記憶の外に行ってしまった会。
但し扇辰で聴き慣れた「団子坂奇談」を三三で聴いた憶えはある。
それ以上浮かんでこない。
当日の金遣いを見ると湯島で飲んだ事になっている。
地元で落語を聴いてわざわざ湯島くんだりまで行ったのか。
これは記録違いではなかろうか。
中野での三三の会がはねてからでは湯島の行きつけは閉まっている筈だ。
最早確かめようもない・・・と、別のところにSuicaの記録が残っていた。
どうやら夕方に湯島で飲んでから中野へ戻って落語を聴いたようだ。
そう云えばそんな事があった気がする。何となく合点が行った。
スッキリとまでは行かないが、この辺にしておいてやろう。

(2017.05.24記述)
 
 
 
  1. 2016/09/10(土) 23:59:16|
  2. 演芸など
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『 人形町噺し問屋その64 』 兼好独演会 於 日本橋劇場 / 平成二八年八月二二日

子ほめ / じゃんけん
三年目 / 兼好

仲入り

動物ものまね / 小猫
寝床 / 兼好

毎年七月はお休みの会。
六月までは数回深川でやった。
久々の人形町だが函が社会教育会館でなく公会堂の方に移った。
ここだとちょっと大きくて噺し問屋にしては立派過ぎる気も。
そして今までと同様の配置から席を用意してくれていた。
しかしこの函ならばもう少し後ろの席でも良いかも知れない。
しばらく様子見して、何なら席を変えて貰おう。

(2017.05.23記述)
 
 
 
  1. 2016/08/22(月) 23:59:56|
  2. 演芸など
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『第五〇回 白酒ひとり』 白酒独演会 於 国立演芸場 / 平成二八年七月一二日

元犬 / ひしもち
真田小僧 / 白酒
花筏 / 白酒

仲入り

青菜 / 白酒


演目の記録のみ、当日の事は生憎既に記憶にない。
小遣帳を見ると夜に近所のラーメンチェーン店で飲んでいる。
半蔵門線・東西線・西武新宿線のルートで帰って来たようだ。
酒手は 1,380円。 
生ビール×2、おつまみ餃子、タンメンと云ったところか。

(2017.02.14記述)
 
 
 
  1. 2016/07/14(木) 23:59:15|
  2. 演芸など
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『神楽坂落語まつり・神楽坂二人会 昼席』 扇辰・白酒二人会 於 牛込箪笥区民ホール / 平成二八年七月二日

無筆手紙 / はまぐり
臆病源兵衛 / 白酒
竹の水仙 / 扇辰

仲入り

団子坂奇談 / 扇辰
文違い /白酒

東西線の神楽坂駅からぶらぶらと5分程歩いたところにある会場。
この界隈は如何にもな小路に入らずとも歩くには良い雰囲気だ。
午後も始まったばかりでメインの坂道を除けばそれ程の人混みもない。

久しぶりに白酒の「臆病源兵衛」。
白酒以外で聴いたことがあったか。
もう随分と落語リストの整理を怠っているので調べようがない。
散らかっている記録を入力するだけだが、大量過ぎてやる気が起きない。
いずれにしても「臆病~」は白酒が面白いので師で聴かれれば十分だ。

「団子坂奇談」こそ扇辰以外では聴いていない筈。
いや、弟子の小辰が掛けたことがあるかも知れない。
もう色々と記憶が曖昧で思い出すのが億劫になってきた。

聴く側の経験の積み重ねもあるだろう。
しかしいちいち以前の高座を引き合いに出して感想を述べる必要もなく。
もっと気軽に、角打ちで枡酒一杯引っ掛ける気分で聴きたいものだ。
ま、角打ちなどに入った事はないけどね。

夕刻、はねてから再び駅までぶらぶら。
往きとは違う道を使って坂の上へ。
上がりきったところにあった和菓子屋へ寄って土産を求める。
(なんの菓子を買ったか忘れてしまった。12/7 記)
それを持って飲み屋へ向けて移動開始。
神楽坂界隈にも一軒くらい通える店が欲しいものだ。
 
 
  1. 2016/07/03(日) 15:10:56|
  2. 演芸など
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『 故 柳家喜多八師を偲んで ~柳家はん治・柳家三三「兄弟弟子の会」~』 於 日本橋劇場 / 平成二八年六月二七日

手紙は笑う / 今いち
お血脈 / 三三
背中で老いてる唐獅子ボタン / はん治

仲入り

宿屋の仇討 / 三三


本来は喜多八と三三の二人会であった。
五月十七日に喜多八が鬼籍に入って、趣旨変えとなった。

自分は偲ぶ会に変わってから申し込んだ。
暫くは喜多八を聴いていなかった。
この会も喜多八・三三の二人会の際には触手は動かなかった。

遡って調べたところ、最後に喜多八を聴いたのは随分前。
平成二六年一二月一六日の独演会であった。
トリ根多は「文七元結」。
その時の記事を読むと喜多八の高座をあまりよく書いていない。
もともと好きな噺家である。
落語は巧い下手ではなく好き嫌いしかないとは、師の言葉。
その判断基準は今の自分の落語観の礎となっている。

そんな喜多八に不満げな事を書いたのが最後の高座だった事が悔やまれる。
その後、鈴本の寄席で聴き逃した。
欠席を知らずに行ってみたら代演で文左衛門が高座に上がった時だ。
それも昨年の六月の事で、結局その後も喜多八を聴く事はなかった。

喜多八は落語を聴きはじめた頃にはとにかく沢山聴いた。
しかしこのところ極端に機会がなかった。
後悔先に立たず。何事もあるのが当たり前と思ってはいけないのだ。

最後の高座は五月九日、亡くなる僅か八日前だったそうだ。
享年六十六。まだまだ若かったが、最後の最後まで落語と共に生きた人だった。
 
 
  1. 2016/06/28(火) 17:16:17|
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