七人の敵

男、閾を跨げば七人の敵と数多なる素晴らしきものごとあり。 都会から山河海島まで、外出先での徒然を。

迎春

2012

本年も御宜しく御引き回しのほど、御願い致し申し上げ奉り仕り候。

 
 
 
  1. 2012/01/01(日) 09:59:20|
  2. 徒然なるままに
  3. | コメント:2

静かな季節へ

231003


十月一日、一部の地域を除いて禁漁期に入った。

今シーズンの入渓機会は14回。

釣果はキープ・リリースあわわせて32尾。

MAXは27㎝、尺越えなし。

諸々の反省は教訓とし、無事 シーズンを終えられた全ての恩恵に感謝。

釣り人が去った渓流には、今ごろ静かな時間が流れているのだろう。


また来シーズン、よろしくお願い致します。

 
 
 
 
  1. 2011/10/03(月) 10:07:35|
  2. 徒然なるままに
  3. | コメント:2

“ はやくも ” で “ ようやく ” で “ まだ ”

三月一四日。

震災の週末が明けた月曜日、スタジオジブリは作業を中断してスタッフの自宅待機を決めた。
しかし監督・宮崎駿はそれに対して猛烈に反発する。

「生産現場は離れちゃダメだよ」
「休んでしまった方が混乱だ」
「こういう時こそ神話を作んなきゃいけないんですよ 多少揺れても作画してたって」

翌日にはスタッフが集まった。 そこに宮崎監督が差し入れを持って現れる。

見れば町のパン屋さんのそれと分かる、手作りカレーパン。
スタッフのひとりがそれを手にとって 「あったかい」 とつぶやいた。

宮崎駿・吾朗親子を取り上げたNHKの特番でのワンシーン。

それを見て、あぁ、これはスタッフへの労いだけに差し入れられたのではないんだなと。
震災直後も、パン屋はカレーパンを作りつづけた。 パン屋はいつもどおり自分の仕事をしてるぞ。
監督はそれを伝えたかったのではないのだろうか・・・

「こういう事態が起こった後の日本に堪えられる映画を作れるかどうかだから」


何かことが起こった時に、人は浮き足立ってしまう。 どうすればいい?
別に何か特別なことなどしなくても良いのではと考えさせられた。
逆に停滞してもいけないけれど。
与えられた環境下で、出来得る限りいつもどおり仕事をする。
それが社会を動かすと云うこと。

何もかもを放り出して現地に駆けつけ、ボランティアに励む義勇もあって然るべき、頼もしい行いに敬服する。
しかし自らの居場所に踏み止まって任務を粛々とこなして行くのも、尊く誇らしいことなのではとも思う。

三月中旬、自分は途轍もなく忙しかった。 11日も夜中まで図面を書き続けた。翌日も、そのまた翌日も・・・
今はその図面で現場が動いている。 色々なものの確保・調達が難しい中、工期を厳守すべく皆が働いている。
そうしたことが、とても大きな括りの中で未来を築き上げているのだと信じたい。

あれから半年、これからも焦らず怠けず日々を努めて行こうと思う。

  1. 2011/09/11(日) 13:40:11|
  2. 徒然なるままに
  3. | コメント:0

隠れ蓑、捨てて。

さて、慣れ親しんだ以前のブログ終了から約4ヶ月を空けてはじめたこの 「七人の敵」。
約6年間続けた前のブログに比べればまだまだ心身共に馴染んでおらず・・・

はじめて僅か4ヶ月なのだから無理もないのだが、中でも違和感があるのがハンドルネーム。
“ 七敵 ” と名乗ることにして、その字面も語感も気に入っていて悪くはないのだが、
やはりどこか自分の名前として乖離を感じるのだった。

旧知のお付き合いからコメントの書込みなどで昔のハンドルネームは今でも使っており、
“ 七敵 ” の他に twitter や mixi も含めると名前が徐々に増えて煩雑さを覚えることもしばしば。
しかも “ 七敵 ” だけが意味合いの上でも他の名との関連性もなく仲間外れな命名なのであった。

昨日、本編開始前に綴ったカテゴリ 「序」 は除くものとして、当ブログの記事数が50編となった。
そこでこの切りの良い数を機に、これより著者名を昔のハンドルネームに戻すことにした。

前ブログを止めたのは、6年間で凝り固まったものを一旦ご破算にしたかったから。
だから 「七人の敵」 では旧名を捨てることで検索も逃れ、
一部を除いた過去のご訪問者たちとの関係も絶ち、再出発したいとの思いがあった。

しかしFC2ブログの設定によるのか、本ブログが検索で引っ掛かることもまだまだ稀で、
また前ブログをやめて8ヶ月が経っており、もはやその名を記憶に留める方も皆無と思われ・・・
その上で縦しんば未だに検索してお越し頂けるのだとしたら、それはそれで有り難いことと考えるべきであろうし。



と、云う訳で本日をもって “ 七敵 ” は “ 良速 ” に改名、いや戻名致します。

以後、よろしくお引き回しのほど。

良速、  ・・・・うむ、やっぱりシックリくるな。 りょーそく。
 
 
  1. 2011/08/05(金) 11:20:44|
  2. 徒然なるままに
  3. | コメント:2

温故知新 -BE-PAL 30周年-

先週土曜の落語帰りに今度行く釣りの打ち合わせがてら高円寺のマスターの所へ飲みに行ったところ、
真新しい一冊の雑誌が・・・ 小学館のアウトドア雑誌 『 BE-PAL 』 。
それも30周年記念号とある。 懐かしく手に取ってみる。

1981年当時、登山誌などを除けばアウトドアをメインテーマにした一般向けの雑誌は珍しく、創刊は画期的だった。
こんなカタログみたいな雑誌が毎月特集を組めるのかなと思いつつ、自分も創刊から数年は毎月買っていた雑誌だ。
数多の雑誌が創刊の誉れと休刊の憂き目を繰り返す今、30周年とはもはや大御所だ。 ご同慶の至りである。
(その昔ズバリ " OUTDOOR MAGAZINE " なる雑誌があったような記憶があり検索してみたが見つからなかった)

自分は当時高校生だったから雑誌の中にあるアウトドアの世界はちょっと遠くの憧れであった。
どちらかと云えば行動そのものよりその道具たちに興味を持ってページを捲っていた記憶がある。
中学高校と毎年スキーにはマメに行っていたものの、
アウトドアらしい遊びを始めたのは大学時代にバイクで北海道ツーリングへ行ったのがきっかけ。
都会で生まれ育ったもやしっ子だったので、野遊びデビューはあまり早くなかった。


BE-PAL

創刊号と30周年記念号


早速、自分も記念号を手に入れて来た。 おまけにマルチツールとロープワークの冊子が付いて来た。730円。
バック№のうち一冊だけ取ってあった創刊号も引っ張り出してきた。 因みに創刊号は250円だった。

中身を比べてみる・・・あんまり代わり映えしないな。笑

アウトドアは今でも本格派とは言い難いが、野に出る喜び昂りは、
そんな世界に憧れて『 Be-PAL 』 を読み耽った少年時代と
さして変わっていないなと懐古しつつ、暫しタイムトリップを楽しんだのであった。
 
 
 
  1. 2011/06/13(月) 12:59:29|
  2. 徒然なるままに
  3. | コメント:4
前のページ 次のページ

profile

 良速

Author: 良速
  
 
- りょうそく - と申します。
 
九山八海  花鳥風月
東奔西走  南船北馬
美酒嘉肴  羽化登仙
歌舞歓楽  一竿風月
謹厚慎重  天空海闊

そんな感じでまいります。

.......................

category

旅や野遊び (62)
演芸など (313)
フォト・キネマ・アートとか (157)
道具のたぐい (39)
飲んだり食べたり (4)
徒然なるままに (12)
序 (4)
未分類 (1)

comment

calendar

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

archive

counter

search form